憲法学者の道から
在宅医療コンサルタントに

2019.08.31.UP
波村 美絵
【1976年・沖縄県出身】
Writer Profile
高田 滋吉

Written by

Shigeyoshi Takata

Photographer Profile
波村 美絵

Photograph by

Mie Namimura

先生と呼ばれるのが違和感だった

入学当初は、大学生活に目的を見出せなかった。が、法律を学ぶにつれ「憲法」に興味を持った。「憲法」は全ての法律に影響を与える。人々の暮らしを守り、支える原点と感じ始めた。

医療は、人々の健康を守るため。
憲法は、人々の生活を守るため。
共通する社会貢献性に、興味が惹かれた。

大学院法学府に進み、憲法研究にのめり込んだ。毎日8時間以上も文献を読み、教授や院生と議論を交わした。純粋な探究心を満たすと同時に、市井の人々の暮らしを守る。そんな社会的意義のある研究活動を、波村さんは幸せに感じた。大学院を卒業後、大学や短大で教鞭を取り、憲法を研究する学者=先生と呼ばれるようになっていた。



20代後半にして憲法学者。権威を重んじる学術分野で、当時はまだ数少なかった女性。講師として教鞭を取る地域は、基地問題などの特殊事情を抱える故郷=沖縄だった。憲法に対して極めて敏感な土地。だからこそ他地区とは全く異なる反応を、波村さんは受けることになった。

徐々に、自分の純粋な探究心を超えて
政治的・社会的な影響の傘を感じました。

気づけば、対外的な発信力を持つようになっていた。沖縄に15万人以上の読者を持つ新聞でコラムを担当し、専門書の共著や学術書で論文を発表した。波村さんが師事した大学教授は政治家の道に進んだ。波村さん自身にも、憲法を取り巻く様々な団体から講演依頼等が来るようになった。

当時まだ20代。人としても未熟な自分が
世の中の様々な団体から意図を受けたり
先生と呼ばれることに、違和感を感じました。

波村 美絵  Namimura Mie
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